
もういつ始めたのかも忘れてしまったが、ランニングを始めて少なくとも10年は経つ。
最初は仕事の昼休みに、オフィスの前の公園を少し走る程度だった。それがコロナ禍の在宅勤務をきっかけに走る時間が増え、気づけば1時間ノンストップで走れるほどになっていた。
最近は引っ越しなどで生活が変わり、もっぱら夜遅い時間ばかり。それでも、私のランニング習慣は変わらず続いている。
限界寸前で選んだ「猫のルート」
その日も、いつもと変わらない夜のはずだった。
自宅を出て15分くらい走っただろうか――突然、激しい便意に襲われたのだ。
かなり急を要するやつ。いきなりレッドゾーン突入である。
目と鼻の先にコンビニはある。しかし、そこに行くには目の前にある大きな施設を大きく迂回しなければならず、実質的にはかなりの距離がある。自宅まで戻るのと変わらない。
「どうすればいい……?」
だが、助かる方法がひとつだけあった。
その施設には、微妙な隙間があるのだ。そこを通って反対側に出れば、短時間でコンビニまで行ける。
なぜそんな隙間を知っているのかというと、野良猫がそこを通っているようだったからだ。反対側で見かけた猫がたまにいたりするので、「おそらくここを通っているんだろう」とアタリをつけていた。
しかし、明らかに立ち入ってはならない雰囲気の場所である。一瞬足がすくんだが、四の五の言っている場合ではない。悪いが、通らせてもらう。
正直言うと、本当に向こう側につながっているのか自信はなかったのだが、ちゃんと道はつながっていた。ありがとう、猫よ。
なんとか大惨事になる前にコンビニにたどり着き、事なきを得た。
「さあ、ランニング再開だ」――重りを外したかのように体が軽い。
と、しばらく走ってとある交差点に差し掛かったとき、いま自分が走ってきた方へ、パトカーが向かっていくのが見えた。
(もしかしたら、通報されてしまったかもしれない)――嫌な予感が頭をよぎる。
そしてコースを折り返して戻るとき、また同じ交差点で同じパトカーとすれ違ったのである。気のせいかもしれないが、どうもこちらを注視している気がしてならない。
仮に通報されたのだとしたら、通報者は私の服装や特徴を警察に伝えたはず。警察が「こいつか?」と認識するのは自然な流れだ。
それにしても、あの施設はそんなに警備が厳しい場所だったのだろうか。気になってあとで調べてみると、どうやら医療関係の施設らしいが……。
「不審者としてマークされたかもしれない」と思ったらもやもやしたが、次の日もその次の日も、何事もなく時は過ぎ、ちょうど1週間が経った。
白いSUVに抱いた違和感
あの日と同じ曜日の同じ時間。
いつものようにコースを折り返し、また例の交差点に差し掛かった。横断歩道を渡るとき、1台の白いSUVが信号待ちをしていた。
その車はこちらに曲がってきて私を追い越していったのだが、どうにも様子が妙だ。
パトカーっぽいのだ――あの、きっちり法定速度でオートクルーズしているかのような、独特のスピード感。
しばらく目を凝らして観察していたが、SUVは同じスピード感のまま走り続け、やがて闇に消えていった。
そこから20分ほど走ったころ、自宅まで残り1kmほどの地点でのこと。
住宅がひしめき合う十字路を曲がろうとしたとき、なんとさっきのSUVがこちらに向かって曲がってきたではないか。
ハイビームを照射されたため中の様子は確認できなかったが、同じ車と見て間違いない。
こちとら伊達に夜道を走り込んでいないのだ。見慣れない車や人がいれば、直感的にピンとくる。
しかし、あの場所で出くわしたとなると、相手にとっても想定外だったはずだ。おそらく、どこかでこっそり私の動きを見張りながら、後ろに付くタイミングを計っていたのだろう。
というのも、私は大まかなコースこそ決めているものの、「1時間走る」というルールを自分に課しているため、その日のペースによってルートを微調整する。具体的には、直進できる道をあえて曲がり、蛇行するようにして時間を稼いだりしているのだ。
このときがまさにそれだった。やつらは私が直進すると読んで後ろに付こうとしたが、私が急に曲がったため、正面から出くわす形になったのだろう。
SUVが警察関係の車両だったとは断定できないが、少なくとも私を尾行していたことは確実だ。
こうなった以上、コースを変更せねばなるまい。なにより避けたいのは、自宅を特定されることである。
SUVと鉢合わせしたエリアには近づかないほうがいい。見失った付近を重点的に探すというのは容易に想像できる。自宅から施設までのコースは廃止だ。
施設とは反対の方角に大きく迂回して、施設のちょっと先に出るコースを設定した。そこからはこれまでと同じだが、そこまでがかなり遠回りになるため、折り返し地点はだいぶ手前になる。とはいえ、全体的な距離はほとんど同じで、「1時間走る」というマイルールも維持できる。
ミニバンのUターンと、走り去る赤色灯
さて、新ルートにしてから2日間は何事もなかったが、いやはや、すれ違う車がすべて監視役に見えてしまう。これは精神的にかなりきつい。
そして3日目である。
ちょうど施設と例の交差点の中間あたりを走っていたときのこと。往路の途中だった。
前方からこちらに向かってくるミニバンのスピード感が、例のSUVと同じだ。この車もハイビームで中の様子は分からなかったが、すれ違ったあと振り返って注視していると、なんとUターンして引き返してくるではないか。
ミニバンは私を追い越して走り去ったが、嫌な予感がしたため、折り返し地点までは行かずに、例の交差点が見える自販機の陰から様子をうかがうことにした。
少し説明すると、警察署がある通りと私のランニングコースは、並行する別の道なのだ。最終的にはずっと先で合流するのだが、そこまでに接続する横道は1つしかなく、その交差点こそが、パトカーとSUVを最初に見た例の交差点である。
この横道は、いわゆる「なんか嫌な感じがする道」の典型のような場所で、人通りも車通りも極端に少ない。夜にそこを通る車といえば、ほぼ100%警察の車両といってもいいような場所だ。
5分ほど待っただろうか。自販機で買ったコーラを飲み干しても不審な車は現れなかったので、急ぎ引き返すことにした。
とにかく一刻も早く帰らなければならない気がして、全力で自宅へと駆けだした。
帰る途中、元のコースである大きな通りが少しだけ見渡せる場所があるのだが、ちょうど赤色灯を回した本物のパトカーが通り過ぎて行くのが見えた。
隠れてしばらく見ていると、大通りから「そこに住んでいる人しか絶対に曲がらない道」へ、慣れた様子でパトカーが入っていった。その道とは、まさしく私が数日前まで走っていた元のコースである。
「走るエリアそのものを根本的に変えなければダメだ」――そう確信した瞬間だった。
尾行するのに「職務質問」しない不思議
それにしても、ただ敷地を通り抜けただけで、ここまで執拗にマークされるものなのだろうか。
不思議なのは、これだけマークしてくるくせに、一向に職務質問はしてこないことだ。世間には「しょっちゅう職務質問される」という人もいるらしいが、あれは都市伝説なのか。
防犯カメラを確認すれば一発で済む話なのに、覆面まで使って尾行するあたり、警察の防犯への情熱(?)には驚かされる。たった1人の疑わしき人物に、これだけの労力を割くのだ。
ニュースで見かける“虚偽の通報”がどれほど警察の業務を妨害するのか、身をもって実感してしまった。
とりあえず、私はただのランナーだ――。
また何か面白い進展があれば、ここで報告したい。
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